木屋町通御池にある加賀藩邸跡(かがはんていあと)です。
加賀藩前田家の藩邸は天明8年(1788)に焼失し、その後再築されました。加賀藩は大きな藩でありながら、幕末には自主的な活動はあまりしませんでした。前田家が徳川家と遠戚関係にあったことや藩士に政治的な感覚が乏しかったと言われています。
元治七年(1864)七月、長州藩が禁門の変を起こした時には長州藩のために協力しましたが失敗し退京することになりました。その後、藩内の勤王派はほぼ全滅しました。
京都市中京区木屋町通御池西南角
丸竹夷
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